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行間をよむ

名前に価値があるのではない。言葉に価値があるのではない。

幸せそうな人間の言葉なら耳を貸す。

 

人というのはすぐに他人にアドバイスしたがる生き物だ。

 

ああでもないこうでもない、ああしろこうしろ、と自分の思うようにコントロールしようとする。

あなたの為を思って?役に立ちたい?ほんとうにそうかな。
本人は本気でそう思ってるのかもしれないけれど、掘り下げていったら大体は全部自分のためでしかなかったりする。

それは愛なんかじゃなくてただのエゴだ。

 

今まで灰色の大人たちに色々言われたよ。

「君はまだ子どもだから」

「人生そんな甘くない」

「あなたのためを思っていうんだけど」

「わがまますぎるよ」

etc。

そんなこと言われなくても自分が一番わかってます←

わたしは頑張るのがきらいだし、意味のないことがきらいだし、我慢なんてしたくない。

でも別によくない?楽しかったらOKでしょ?

 

頑張ったり我慢したりそうやって無理をしてるとね、楽をしてる人を見るとイライラしてしちゃうんだ。
自分が我慢してることを平気でやってるからさ、ムカつくんだよね。

すっごく分かるよその気持ち。

わたしもそうやって生きてきたから。
なんて自分は心の狭い嫌なヤツなんだと思って自己嫌悪になったりもした。

でもそれって性格が悪いんじゃなくて、ただ羨ましかっただけだったんだって今となれば分かる。

羨ましい気持ちを素直に認めて「なら自分もやればいいじゃん」と自分にGOサインを出すと楽になる。前はムカついていた人に何も感じなくなる。


勝手に我慢して、勝手に怒ってたのは自分だ。 

 

だからわたしは誰かにアドバイスや助言されたときは、必ず相手をよく見ることにしてる。「この人は幸せだろうか?」と考えるのだ。世間一般で言う「しあわせ」である必要はない。大事なのは”その人自身が自分の人生に心から満足しているかどうか”だ。

幸せそうなフリしてる、というか自分で自分を騙してる人もいるから、なかなか注意が必要なんだけど。

自分のことも幸せにできないような人間に、人を幸せに導けるはずがない。

マザーテレサも世界平和を望むならまずは家族を愛しなさいって言ってたよ。たぶん。

 

不幸な人達に足を引っ張られ惑わされるのはごめんだよ。

 

わたしは、幸せな人間の言葉にだけ耳を貸す。

 

 

そもそも本当に幸せで満たされている人は、基本的に人にアドバイスとかしてこないんだけどね、