行間をよむ

名前に価値があるのではない。言葉に価値があるのではない。

友だちと恋人?なにがちがうかな。

愛のかたちって結局ひとつなんじゃないかな。

最近はそう思ってる。

例えば、いわゆる”友情”と形容される愛。
仲のいい友だちに対して感じる感情は、紛れもなく愛情だとおもう。
もちろんそれはイコール恋愛感情という意味ではないよ。わたしは同性愛者ではないしね。

でもそれは”愛”という言葉以外では表現できない感情だ。
相手が何を思おうが、何をしようが好きだという絶対的に揺らがない気持ち。
相手の喜びはわたしの喜びであり、相手の悲しみはわたしの悲しみ。

いつか遠くに行ってしまったり疎遠になってしまったとしても、それはそれでよくて、ただ純粋にしあわせになってほしいとおもう。

なにも話さなくても何もしなくても、ただそばにいるだけで、なんだか心がほかほかするような人。理由もなく無性に会いたくなったり、電話したくなったりする人。

それがわたしにとっての友だち。

でもこれって世間一般の価値観からすると、まるで恋してるみたいじゃない?
だから異性の友だちのばあい、誰かに「彼のことどう思ってるの?」と聞かれて「すきだよ?愛してるよ」て答えたら「じゃあなんで付き合わないの?」ていわれると、とても困ってしまう。え、逆に、なんで付き合うの?と思っちゃう。

同性のことが好きなら友だち、異性のことが好きなら恋人、というのはあまりにもナンセンスじゃないですか。
たぶん、わたしは女か男かの区別が人よりハッキリしてないのだと思う。

基本的に”人”として捉えてることのほうが多い。

 

好きならそれでいいじゃないか。
ただ愛していればいいのに、きみたちはホントに簡単なことをこんがらがすのが好きだなあ。

透きとおってて軽やかで暖かくておっきくて安心するものこそ、愛だと思わない?

 

そんなことを言うと「きみはホントに人を好きになったことがないんだよ」とかっていう人がいるけれど、あなたこそほんとの愛を知らないんじゃないのかな。