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行間をよむ

名前に価値があるのではない。言葉に価値があるのではない。

いつも失敗を恐れてしまう理由。その解決策は?

 

生まれつき失敗を恐れる人間なんていない

子供の頃、失敗して、すごく怒られた経験ってありますか?

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私は小さかった頃、失敗したとき、例えばコップの水をこぼしたり、お皿を割ってしまうなど、そういう失敗をやらかしたとき、いつも母親にめっちゃ怒られてました。

でもさ普通に考えたら分かると思うけど、怒られてもどうしようもないよね。だってどんなにに怒られても、私には割れたお皿や、こぼれた水を元通りにすることはできない。

失敗すれば絶対に怒られる。残念ながら逃げ道はない。
幼い私にとって失敗は絶望を意味していた。

だからお皿を運ぶときはすごく緊張したし、不注意で何かを落としたり、こぼしたりしようものなら恐怖で固まって頭がまっしろになった。

 

いつの間にか、失敗を恐れる人間になっていた


大きくなればなるほど、私は怒られなくなった。もちろん天才だったわけでも、死ぬほど努力したわけでもない。ただ失敗を事前に回避するのがうまくなっただけである。

「失敗は成功のもと」「トライアンドエラー」「失敗を恐れちゃいけない」


よく聞く言葉たち。それは正しいんだろうし、そのとおりだと思う。

だけど分かっているから、なら失敗してもいいやーと思えるか、というと全然そんなこたぁーない。なかなか難しいのが現実。頭では分かってるんやけど・・・ってやつである。

小さかった私にとって、失敗というのは取り返しのつかないものだったわけで、悲しい哉、私の中には失敗=恐怖という認識が染み付いてしまっている。子供の頃に身につけてしまった認識というのは意外と手強いもんで、 それを取り除くのはなかなか骨の折れる作業なのだ。

じゃあどうすればいいのか?過去に戻ることはもうできない。どうしようもないじゃん!解決しないじゃん!絶望じゃん!

過去と他人は変えられないが未来と自分は変えられる エリック・バーン

とかいうけれど、所詮そんなの綺麗ごとじゃん!過去があっての今じゃん!じゃんじゃんじゃん!って昔は思ってた。

 

考え方を変えるのではなく、考え方に気づく。

 

だけど、私は私なりの答えを見つけた。それはとってもシンプルだった。

「ただ、気づいて、そのまま受け入れる。」


大事なのは、考えかたを変えようとすることではなく、考えかたに”気づく”こと。自分は、こんなふうに考えていたんだ、こう思っていたんだ、とただ気づく。それだけ。

それは、閉じていた目を開けるようなものだ。目を開けさえすれば、別に見ようとしなくても、今まで見えなかったものが自然と見えるようになる。勝手に目に入ってくる。見よう見ようと努力する必要はない。

それと同じで、ただ気づきさえすれば、変えようと思わなくたって変わっていく。気づくだけで勝手に、今まで止まっていたものが動きはじめる。

自分を否定したり、変わろうと努力したりする必要もない。それは、むしろ流れを止めようとしたり、逆らおうとしているようなもの。

ただ、気づいて、受け入れるだけでいいのだ。

 

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ただ気づく、それだけで癒やし


意外と、自分自身のことって分かっているようで、分かってない。
気づいてるようで気づいてない。

見ないふりをするのは簡単だ。もしかしたら、見ないふりをしていることにすら気づいていない可能性もある。でもやっぱりさ、完璧に自分を騙すことなんてできないんだ。何処に行っても自分からは逃れられない。

 

だからさ、逃げたり、見ないふりをするのはもうやめて、自分と見つめあってみるのもありなんじゃないかな。