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行間をよむ

名前に価値があるのではない。言葉に価値があるのではない。

本気出して言い訳できなくなるのがこわい。

久しぶりに幼なじみとお茶をしたよ。

彼女は「流されやすいのをやめたい」と言ってた。

わたしは「君はもっと自分に自信をもてばいいんだよ。」といった。

彼女が人に流されてしまうのは、もしこれを断ったら嫌われるかも、とかちょっと嫌だけどそんなに嫌じゃないしまあいっかと相手に合わせてしまうからなんだとおもう。それであとで後悔するのだ。

 

彼女はとっても素敵な人だ。明るくて笑顔が素敵で爽やかでそこにいるだけで場が華やぐ。太陽みたいな人。

なのに彼女はいう。「わたしはどこにでもいる普通の人。」

 

 

もったいないなとおもう。こんなに素敵な人なのに。

自分に価値がないとおもえば、周囲はその通りだというように接する。

たとえホントに価値がある人としてもだ。(そもそも価値がない人なんて存在しないとおもう)他人は自分の鏡だから。

 

更に彼女は言った。「ほんとに自分と気の合う人がいない」

わたしと話しているときに何度も「こんなこと大学の友だちに言ったらひかれる」「肯定してくれるのはあなたくらい」だと言っていた。

それは君のホントの姿を皆に見せていないからだとわたしは言った。

周りに合わせていると、周りに合わせている自分に似た人が寄ってくる。残念ながらホントの自分に似た人はよってこない。だって周りから見たら「周りに合わせているあなた」があなた自身だから。類は友を呼ぶのである。

 

ほんとに気の合う人に巡り合うためにはまずは自分を見せないといけないのだ。

そういったら彼女は「ホントの自分を見せて嫌われるのがこわい。もし誰もわたしに共感してくれる人がいなかったらつらすぎる。」と言った。

 

それを聞いたときわたしは思ったのです。

今の現状に不満があるのに一歩踏み出せないときがあるのは本気出して言い訳できなくなるのがこわいからだと。

全力を尽くしたのにうまくいかなかったら?万策尽き果ててしまったら?

絶望するのがこわいのだ。

やればできる。やってないからだめなだけ。そうやって言い訳していたい。微かな希望にすがってない。可能性を残しておきたい。

 

でもそれってばかみたいだ。ずっとその場で足踏みしてるなんて。人生は待ってはくれない。小さい子のように駄々をこねたところでわたしを置いてどんどん先に進んでいってしまう。

 

しかたないから、恐怖をひきつれて後ろを振り返らず一歩踏みだしてみようかな。

帰る橋は燃やしてしまおう。ヘタレなわたしが逃げ帰ってしまわないように。