行間をよむ

名前に価値があるのではない。言葉に価値があるのではない。

オオカミ少年になる前に

「どっちでもいいっていうのが一番いけないんだ。
自分の気持ちを感じとらないといけないよ。きみはホントはどっちががしたいのさ」

そう言われてわたしは”自分の気持ちを優先する”というのがとてもニガテだ、とおもった。
相手の顔色を伺ったりせずに、ただ自分がしたいからする!ってのができないのだ。

なぜだろう。

そういえば人への好意を素直に表現するのも苦手だ。
いや、表現はできる。
「大好きだよ」とか「大切に思ってるよ」とか口ではいくらでも言えるのだけれど、その言葉に重みをのせるのが苦手なのだ。

「何がウソで、何がホントか分からない」
とか、本音なのに
「またまたぁ、思ってないでしょ?」
なんて言われるのはきっとそのせい。

だけどわたしは、それを分かってやっている。
本心を見透かされたくないのだ。

どっちつかずでふらふら彷徨っていて、掴もうとしても掴めない。
実態が何処にあるのかわからない。

そんな存在でありたいと思っている自分がいる。

 

わたしの中には、「すべてを分かってほしい、理解してほしい」と思ってる自分と「気づかないで、見つけないで」と思ってる自分との両方がいるみたいだ。

 

きっとこわいのだとおもう。

傷つけられることが、否定されることが。

 

そんな恐怖からは抜け出したと思っていたのに、気づけばわたしはまだ籠の中だった。

それでも構わない。

何度でもここから抜け出してみせよう。